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十勝のハクガンとアメマス釣り

十勝には、毎年秋と春に、マガンやヒシクイなどの雁が渡ってくる。秋は9月中旬から、11月中旬で、南の越冬地に向かう途中に、春は3月下旬から、4月中旬に、北の繁殖地に戻る途中に滞在する。

 

アヒルよりも大きく、白鳥よりも小さな雁は、空をV字になって飛んでいくので、見つけやすいし、気にしてなくても、賑やかに鳴きながら飛んでく姿に気がつく。

 

晩秋の鴈の飛ぶ姿は、「ああ、もう冬かぁ」としみじみと季節の移ろいを感じます。

 

アメマス釣りが大好きだった大先輩が、「この鳥がいるときは大きなアメマスが釣れるんだ」と言っていたのを思い出します。ちょうど渡りの季節と、アメマスが河口に集まるタイミングが同じになるのです。

 

 

マガンとオオヒシクイの群れの中に、ハクガンという、白い雁が一緒に十勝へ渡ってきます。ハクガンは名前の通り白い雁で、その白さは、ハクチョウやタンチョウよりも白く、白の美しさは抜群です。青空をバックに飛ぶ姿は本当に美しいものです。

 

このハクガンを初めて見たのは、20年くらい前で、鳥に詳しい友人が「日本にいるのはこの14羽だけだよ。」と教えてくれたのを覚えています。当時は、マガンの群れに混じってたった14羽しか、日本へ渡ってくるハクガンがいませんでした。なので、十勝川下流部でどこにハクガンを見ることができるか、14羽を見つけるのは、なかなか大変でした。当時、14羽だったハクガンですが、今では1000羽を超えたと言います。

 

下流域にアメマス釣りに行く時に、気にはしていますが、ここ数年は、気にしてなくてもハクガンが大群で飛ぶ姿や畑に下りて雪のように真っ白く地面を覆っている姿が目に入ってくるので、その数が徐々に増えているのは、気づいていましたが、この20年間で14羽だったのが、1000羽まで増えたというのです。

 

ハクガンに何が起こったのか?こんな短期間で、そんなに爆発的に増えても良いものか?空を埋め尽くすようなハクガンの群飛は、まさに圧巻。蠢くように飛ぶ姿をみて、考えていました。

 

もう亡くなってしまいましたが、私に十勝の鳥の面白さを教えてくれた大先輩の千嶋淳さん。十勝の自然を詳しく紹介してくれた本「北海道の動物たち 人と野生の距離」が家にあったので、ハクガンのことも載っていました。すこし引用させていただきました。

 

明治初期の本には、「東京湾の佃あたりに降りるハクガンの群れが残雪を見るようである」の記述もあったというくらい、本州へもハクガンが渡ってきていたということです。それが、国内での狩猟と繁殖地の生息環境の悪化(トナカイの放牧)が原因で日本に渡ってくるハクガンが1、2羽に激減。それが100年近く続いたという。

 

1993年日本、ロシア、アメリカの保護団体や研究者の国際共同計画で、アジアへハクガンの渡を復活させる試みが始まる。北極海の繁殖地で採取したハクガンの卵を日本へ渡るマガンの繁殖地へヘリコプターで移送し、マガンの巣に預け。また人工孵化させた後で合流させマガンを仮親としてアジアへ渡らせようとする壮大な計画だったそうです。これが94年から成果がみえて、今では千羽を超えたということなのです。

 

 

 

信じられますか?

 

一度は人間がほぼ絶滅まで追いやってしまったハクガンですが、人が少し手助けをしたことで、これだけ爆発的に数が増える。ここまで計画が成功する例も珍しいかもしれません。国境を超えて、渡るハクガン。一度はマガンに親役を頼みましたが、今では、ハクガンだけで渡り、子供を育て、群れを作って空を舞うようになる。

 

20年前は、たったの14羽。マガンの群れのなかに、ちょっと目立つ白いのがいる。程度の意識でしたが、今では、1000羽です。1000羽が空を覆う姿は、圧巻というよりも、恐ろしく感じるほど、空がうねるように蠢いて形を変えて、それが全て1匹1匹のハクガン。

 

鳥って普通は双眼鏡でよく見てその可愛らしさや美しさに気づくものですが、ハクガンのように大空を大群で飛ぶ姿こそハクガンの醍醐味で、十勝川の広大な牧草地や湿原地帯を大群で飛ぶスケールは、見事なものです。

 

私たち人間の快適な暮らしの中で、音もなく、声も出さずに失われていく自然や動物。このハクガンもそうですが、オショロコマやイトウ、ハナカジカやヤツメウナギ。エゾモモンガが暮らす林や森も。

 

壊された自然でも戻ろうとするのが自然で、そこに人間のちょっとした意識や手助けがあれば、自然が戻る力、速度は確実に加速します。地域住民や行政の意識。利用させていただくビジターの私たちが、地域や自然に対してなにができるか、空を覆うハクガンの姿を見ながら、自然の威力を感じるのでした。

花の色、鳥の声が、体の芯から春にします。ツクシ、フキノトウ、イチゲやエンゴサク、小さな変化も見逃したくないほど、色や音に神経が集中します。新しい季節がまた巡ってきました。春は、なんとなく忙しない、追われるような気がして、あまり好きじゃないんですけど、、、

そして、今年の十勝川河口のアメマス釣りですが、ハクガンのガイドの下見のついでにちょっとだけ。6時間ほどでしたが、この時期、この場所で毎年お会いする、懐かしい大先輩。今年もここでお会いしました。竿を振るより、川を眺めて冬のイトウ釣りの話で、あっという間に時間が経ってしまいました。久しぶりに会う仲間は楽しいです。

 

アメマスは、今年も結構釣れました。40センチがアベレージで、大きなサイズは70センチでした。遠投しても、しなくても。よく沈めても、沈めなくても。集中しても、しなくても。そんなアメマス釣りも水の音や春を感じる恒例的なもの。

 

季節がしっかり変わったと、実感する。させられる。4月上旬の十勝の自然でした。