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角が外れない鹿の戦い

12月から始まる私の山歩きです。雪が積もった山は普段は歩けない場所も積雪50cmになれば、アザラシの皮を裏に貼り付けたスキーを履けば、どこでも歩けるようになります。マイナス10度以下の気温は雪を乾燥させてくれ、フワフワ、サラサラの雪は、足音を消してくれ、鹿に気づかれずに近づけるようになります。また、獲った後の鹿肉も雪で冷やすことを可能にしてくれます。雪がある。気温が低いといのは、独特で、私の山歩きをいっそう引き立ててくれます。

 

 

エゾシカ の肉は、二ヶ月間ほど熟成させると、肉の旨味、深み、余分な水分が抜けます。熟成させないで食べても美味しいのですが、鹿の年齢や雄雌、獲った時期などでどう処理するか、どれくらい寝かせるか、どう料理するかを考えます。

 

ソーセージに使う肉は、ある程度硬くても挽肉にするので、雄鹿のほうが肉の旨味があって向いていたり。ステーキやタタキなど通常の料理には、3歳の雌とか、カレーやシチュー、煮込み料理には、アキレス腱やスジ、前足やネックなどの方が、とろっとしたコラーゲンやスジ肉のうまさが引き立ちます。なので、料理に合わせて使う肉の部位が決まりますが、鉄砲を持って山を歩くと、料理に合わせて狙う鹿が決まるのです。

私の山歩きは、鹿を一頭頂く。というのが、主なのですが、山の中を汗をかかない程度に3、4時間ほど歩くと、冬の運動不足解消にもなり、夏へ向けてのトレーニングも兼ねて、ちょうどいい運動になります。そして、冬の山の中で生き物たちとの出会いもまた楽しみでもあります。

 

雪深い針葉樹ではエゾモモンガの巣穴もよく見つけます。雪の上に大量のフンがあり、その近くに丸い穴が空いていれば、その穴の中に何匹かのエゾモモンガ暮らしているのが想像できるのですが、この巣穴に夜明け前の早朝や日没後の夕暮れを狙ってここで待つことができるのか?と考えると、いい巣穴でも現実的ではないことの方がほとんどです。

 

それでも1月31日に鹿を探して歩いていたら、雪の上にハルニレを食べたエゾモモンガの食跡が大量に落ちていて、ここにエゾモモンガが食事に来るんだなぁと想像していたら、朝10時半でしたら、1匹のエゾモモンガがどこからともなく飛んできて、ハルニレの花芽を食べ始めたのです。もちろん、撮りました。1時間半の息の詰まる、至福なひとときで、体の芯まで冷えてしまいましたが、なぜこのモモンガはこんな時間に餌を食べているのだろう?と思いながら、、、。1時間半ほど食べたら、林の中にスーーーーッと滑空して消えて行きました。追いかけて巣穴を突き止めようと思ったのですが、見失いました。

 

そんな日中のエゾモモンガとの出会いで、車から歩いて30分ほどなので、その3日後に歩けるお客さんだったので、スキーでその場所に行ってみて1時間ほど待ってみましたが、そんなにうまくは行きませんね。時間が11時と遅かったのからなのか、なんなのか?昼の行動はわかりません。その後も鹿を探して、その場所を通ったらやっぱり10時半頃、1匹のエゾモモンガがハルニレで食事をしていました。そんなもんです(苦笑)

 

 

雪深い針葉樹の森の山歩きは、どんな動物に遭遇するかは、毎回毎回行ってみないとわかりません。なにが出るかその日次第です。ですが、確実に雪深い静けさとどどーんと立つエゾマツやトドマツ。針葉樹の樹液の爽やかな森の空気は、細胞一つ一つが活性化し、体の芯まで浄化させるような世界がここにはあります。なので、何にもいなくてもいいのです。いつもの、普通の、森の時間だけで、この世界なのです。それでもなにかいないかと探してしまうのですねよね。

2月18日。鹿を探して、入ったときに、先日のハルニレの木の下を通りがかかりました。10時半の時間を狙っていくと、やっぱり1匹のエゾモモンガが食事をしていました。食事を終えて巣穴に戻るのを狙って、滑空シーンや巣穴の場所を狙いたかったのですが、一緒に同行していたシェフN氏が先に行ってしまったので諦めました。そんな、気まぐれな出会いが野生というものですが、その精度を何とかして高めることができないかと、いつも自然を観察しています。いい遊びです。

 

 

事件が起きたのは、22年2月22日でした。

 

鹿の猟期も2月いっぱいで終わるので、最後の山歩き、エゾモモンガのいい巣穴でもないかと思いながら山の中を一人で歩いていました。車を止めて歩き始めて1時間ほどの場所でした。

 

森の中で大きな物体が2つ。何だろうと近づくと、角をつつき合って格闘している鹿でした。

 

初めは、銃のスコープで狙って撃とうかと思いましたが、角の大きな鹿なので食料外。獲りません。なので、カメラを出して写真を撮りながら近づいて行きました。

 

静かだった森のなかで、突然遭遇した雄鹿どおしの戦いでした。雪を巻き上げて、木にぶつかり、激しくどちらも怯まない攻防でした。柔らかい質感の肉が、すごく力強く、森の中で走り回る。息遣いや荒々しい呼吸。野生の匂い。さっきまで凛とした自然でしたが、ピンと張った空気のなかに、私もひとり。カメラを片手に存在している自分が不思議な気持ちでした。戦いは全く終わりません。私も写真を撮りながらどこまでも近づいていきます。鹿も私の存在に気付いているのか、いないのか、全く逃げることなく、3mほどの距離まで近づくと、勢い余った雄鹿が私のほうに突っ込んでこないか、木を盾にして息を飲むシーンが続きました。

なんとなく、違和感を感じはじめたのも30分ほど写真を撮りながら、鹿を観察して思いました。なぜこんなに近づいても逃げないのだろうか?こんなに長く、戦い続けるものなんだろうか?撮った写真を拡大して確認してみると、その理由がはっきりとわかりました。

 

角が絡んでいたのです。

 

片方の鹿は、2、3歳程度の雄で普通の角でしたが、もう片方の同年齢の鹿の角が奇形というか変形して生えた角でした。その変形した部分に健全な角のほうが、刺さり込んでいました。それが絡み、外れなくなっているのでした。戦っているのか、絡んだ角をはずそうとしているのか?どちらとも思える光景ですが、どついたり、離れようとしたり、2頭で絡み合ってもがくように、山の斜面を下ながら最後は、谷の底の小さな沢まで下りてしまいました。

さっきまで粉雪を舞い上げて戦っていた二頭は、川の中でのもつれ合いになって、雪がシャーベットとなって凍りはじめ、毛についた水しぶきも凍り、離れようとしても離れることができず、この2頭ががどうなるか、気になるとことでしたが、私も体が寒くなったのでこの二頭を残して、先を進めることにしました。

 

さらにスキーで山の奥へと入り、1kmほど進んだ場所で一頭の雌鹿を仕留めました。肉を回収して、1時間後に、先ほどの雄鹿の戦い現場に戻ると、水没した場所にはまだ動いている鹿の姿がありました。ですが、一頭の鹿は死んでいました。

 

角が変形した方が、死んでいました。死んだ原因は、戦い疲れて力付き、そこに水たまりがあったため溺死した思いました。体から体温が抜けて、濡れてビシャビシャになった体の水が凍り、それでも角が絡まった一方のオスも何とか角をはずそうと、激しくもがいたり、息を上げている様子でした。

 

私の頭の中には、3つの案が思い浮かびました。

 

 

1つは、片方の雄鹿が死んだので、死んだ方の雄鹿の角を持っているノコギリで切って生きている方を無事に逃してやる。

 

2つは、角を外そうとしている鹿を、鉄砲で撃って殺してあげる。どうせ外れずに苦しんで死ぬならいっそのこと楽に殺してあげる。

 

3つは、自然で起こったことなので、そのままにしてその場を去る。

 

この三つです。この3択ですが、もしあなたが一人で現地にいたらどうしますか?

 

 

私の考えた答えですが、ノコギリで切ることも可能でしたが、自分もビショビショになるだろうし、逃してあげたところで、鹿の恩返しみたいなことが起こるだろうか?ということで却下。そして2つ目の銃で楽にするですが、ここで二頭の鹿が死ぬと、それを餌にする狐、カラス、ワシ、テン、タヌキ、キツツキやカケスなど、餌のないこの季節の動物たちにとってはどれほど恩恵を受けるかを考えれば、どうせもがいて死ぬならいっそのこと、、、と思ったのですが、銃の弾は1発600円くらいします。そんなことも考えて、一方的に命を奪うのもどうかと思い、却下。

 

ということで、私の判断は、自然界で起こったことは、自然界に任せる。という3番目として、その場を去りました。

 

そして、私の頭のなかでは、これは終わりではなく、ここからが野生の始まりで、この2頭の鹿がこれからどうなっていくか、どんな命に利用され、この鹿たちはここで命を変えて朽ちていくのか、

 

偶然にも変形角を持って生まれてしまった鹿は、運悪く戦いを挑んだ鹿によって命を落とすことになってしまいました。変形した角が生えてきた時から、こうなる運命だったのでしょうか?自然界、野生というのは、残酷であり、無駄なものは削ぎ落とされてしまうのが、自然なのでしょうか?こうやって永い時間をかけて、尊い命とともに進化をつづけ、いまなお進化をしているのでしょう。

 

この2頭が今後どうなるか、現地に通って、経過観察をしたかったのですが、ガイドが続き、歩けないお客さんなので、3日間ほど現地にいけません。なので、知り合いの新聞記者さんにその件を話すと、すぐに現地を取材に行ってくれました。ほんと、十勝毎日新聞社さんには面白い人材がいるんです。笑

 

その時のニュースがこちら。私がお送りした動画を2分ほどに編集され、電子版で発信され、一時はYahooニュースにまでなりました。

 

https://kachimai.jp/article/index.php?no=555458

 

 

その記者さんが2日後くらいに現地を見に行ってくれ、その様子を聞くと。現場にあった死体は1頭だけということでした。それを聞いて、私の頭に浮かんだのは、よかったと思う気持ち半分、残念という思う気持ち半分でした。

 

あの時私が銃で撃つ必要も、ノコギリで切る必要も、野生というのは人間の余計なお節介なんて必要ないのですね。そして、私の頭のなかにま、絡み合ったまま朽ちていく角のイメージしかなかったので、ちょっと残念でもありました。

 

それでも一頭の死体はその場にあり、その死体がどうなっていくか、経過を観察は楽しみでもありました。

 

予想としては、死体をカラスが見つけ、オオワシ、オジロワシが傷口を広げ、そこに狐がきて、夜はテンと狸がきて、ほどほど死体を食べ散らかしたころに、クマタカがきて、カケス、キツツキ、カラ類へと利用され、最後は、頭蓋骨がその場に残る。もしかしたら冬眠から覚めたヒグマの登場も、、、という憶測でした。

 

そして、3月2日に見に行ってみました。死んでから8日目でした。

死んでから8日目の様子は、死体はほぼ無傷でした。ミヤマカケスが1羽だけ、死体に下りてました。鹿の死体の脇腹に開いた小さな穴をほじくるように、ミヤマカケスが食べて食べていました。そして死体から去ろうと思ったら大きわタカが飛んできて、近くのトドマツにとまりました。クマタカでした。顔が黒いクマタカの成長です。この森に住んでいて、鹿の肉を食べているのは知っていましたが、クマタカはしっかりこの鹿の死体を見つけたようで、この死体を狙っているのでしょう。

 

 

そして、次に現場にいくことができのは、3月6日死んでから12日目でした。

死んでから12日目です。ミヤマカケスが5羽ほど群れて、喧嘩しながら順番に脇腹の穴から潜り込むかのように群がっていました。背中のロースや太腿などの大きな肉がある場所はまだ無傷で、ミヤマカケスだけでは、鹿の皮を剥がしたり、切り裂くことができないようで、ワシやカラス、キツネなど強い力の動物がこないとなかなかバラバラにすることができないのだと思いながら、現地に漂う腐敗臭といういうか、獣臭が漂い。ミヤマカケスの集まり方や傷口の様子からみても、あと数日で大型動物が集まり、解体ショー、大晩餐会が起こるだろうと予測できました。

 

 

そして次に現地に行けたのは、3月13日19日目でした。ガイドが続き現地に行けなかった間に思った通りに大晩餐会が開かれた様子でした。

 

 

3月13日死んでから19日目。

ミヤマカケスがしばらく群がっていた鹿の死体は、紐を解いたようにカラスから始まり、オオワシ、オジロワシ、キタキツネによって、食べられた現場でした。死体の周りの雪の上は、羽の跡や狐の足跡でしっかりと踏み固められた様子から、ここのどれだけの動物が集まったか想像できました。もしかしたら、ヒグマが占領しているのでは、恐る恐る様子を伺ったのですが、足跡もなくまだ冬眠から覚めていないのか、死体に気付いていないのか、気配はありませんでした、

 

あの時の悠々たる姿で雪煙を立て、角を絡ませて、木々を折って、勇しく戦っていた、鹿の姿を思い出します。肉の柔らかさや息遣い、熱。それが、19日後には全く別の姿に変わってしまうのです。これが本来の野生の姿、人間の知らない世界で、あたり前の世界。生まれては消えて、そしてまた生まれていく。

 

骨になって鹿の姿は、残酷でグロい姿かもしれませんが、これが野生の美しい姿なのかもしれません。

 

この後もこの場所に何度か足を運びましたが、鹿の死骸はどんどんバラバラになり、体のパーツはあっちへ、こっちへとどんどん現場から持ち去られて消えていきました。春になって草が茂れば見えなくなり、落ち葉が積もって土に戻っていくのでしょう。ミヤマカケスがいました。骨の髄を食べていました。わずかな食料も、まだまだ雪深く、冬を乗り切るために動物たちにとっては可哀想なんて思いはサラサラないのでしょうね。そんな貴重な自然を見れた22年2月22日の出来事でした。

 

 

人間は、新しいものを求めたり、快適さを求めて、どんどん進化して行きますが、野生動物とか自然って、ほんとになにもかわりません。あたりまえです、なんでしょうか?こんな時代を見ていると、つくづく思います。

 

ロッジラッキーフィールドでは、十勝の自然を楽しむためのガイドと宿を行なっております。ここ数年はエゾモモンガのガイドのご要望が多いですが、朝と夕方のエゾモモンガの観察時間の間に昼の3時間ほど、体力のある方やご希望される方は、スキーやスノーシューを履いて、山の中を歩くガイドも行なっています。山を歩くといろいろな動物に出会います。貴重な動物の生息地なので、なにが出るか、なにもでないか、雪の世界を音のない世界を歩くだけでも十分です。普段見ることができない世界がここにはあるのでず。

 

ガイドは、お客さんの体力やご要望に合わせてスケジュールを組立てることができます。雪道ドライブ不慣れなかたも、どこに行けばよいかわからない方も、どっしりと構えて良い写真を撮りたいかたも、ご心配やわがままも是非ともご相談ください。もちろんロッジでの宿泊も可能です。ここ数年は1日1組だけしかお客様をお受けしませんので、ご自分のペースでごゆっくりおくつろいただけると思います。

 

何はともあれ、ご連絡、ご相談ください。詳しいことは、メールで、細かくご説明いたします。

 

info@lodgeluckyfield.com   

吉原まで。

 

2023年のガイドの空き状況もこちら(グーグルカレンダー)で確認することができます。

https://www.lodgeluckyfield.com/google-calendar/

 

 

十勝毎日新聞の電子版に載った、鹿の動画もこちらからご覧できます。

https://kachimai.jp/article/index.php?no=555458