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今年最後の幸運

12月にイトウ釣りのガイドが終わり、それと同時にエゾモモンガのガイドが3件ほど連続し、朝から晩まで冷凍庫の中のような日々がようやく終わったのが12月20日頃でした。ガイド業務がすべて終了すると同時に、体調を崩す。といういつものパターンでした。(こんな私ですがガイドの予定があるときは絶対に風邪を引かないほど集中しているのです!)そして、気が抜けるとどっと疲れが出るようです。今回の風邪はなんとなくダルい。という感じで、外出する気にもならないし、ビールを飲む気にもならない。ガソリンも使わないし買い物もしない。ある意味エコな自宅療養。知り合いが「冬は病気くらいがちょうどいい」と言っていた意味もなんとなくわかりました。

 

それでも雪を見ると、山に行きたいし、ワカサギ釣りも気になるし、十勝川もまだまだ釣りに行きたい。少し良くなったと思って無理して山を歩いたらぶり返す始末。結局1週間くらい家で静かにしてました。なにもしないで家でゴロゴロしているのも、それはそれでいいものですね。おかげで年賀状も早々す済ませ、一年の振り返りや写真の整理、クリスマスは家族とゆっくり過ごすことができました。

 

そして、ようやく動き始めたのがクリスマスが終わり、年の瀬でした。もちろん雪山です。

 

 

今年はまだ雪がすくなく、少しでも積雪を期待して標高を780mほどまで上げる。それでも積雪20センチでなんとかスキーを履いて、林道なら歩けた。冬は松の木がドンと威張る季節で、針葉樹の森と雪はとても相性がいい。東大雪の樹海をすこし迷いながら、太陽と尾根の位置を見ながら、ゆっくりと汗をかかない程度に歩く。いろいろな色や音が飛び込んでくる。朝の冷え込が厳しいようで、日中の緩んだ時間に、カン、コンと小さな凍裂(とうれつ)の音があちこちから聞こえてくる。木霊たちに取り囲まれる。生命感は白と黒の世界はとても小さく。小さなカラ類やミソサザイ、キバシリ、キクイタダキが時々せわしなく、オオアカゲラやクマゲラがゴツゴツと木をたたく音が聞こえてくる。雲が流れる様子や、木から雪が落ち、残像のように粉雪が逆光に輝く様子は、神々しい。シンプルだから気づくものがあるのも冬。

少しダルさを感じつつも、ゆっくり歩きながら少し汗をかいて、新しい空気を吸って、吐いて。時々、前を横切る鹿に心臓がドキドキする。エゾモモンガの痕跡もいくつか見つけるけど、核心部はなかなか見つからない。昨年見つけた新しい巣穴はスチュェーションナンバー1クラスの環境で、ここで出たら!と期待して夕暮れを待ってみたけど、シーン。それでもアカエゾマツの大木がドカン、ドカンと星を突き刺すような森はやっぱりすごい。二日間、歩き続け、体の真までスッキリした頃に、木の枝さきに大きなフクロウが止まっていた。日向ぼっこでもするかのように、すっぽりと穴のあいたような谷間には風がなく、心地好さそうな昼寝場所だった様子。今年最後の幸運だった。

夕暮れまで時間があるので、エゾモモンガの巣穴でも見つけられたらと、ラスト2時間も尾根に向かって歩いていた。斜面を登り詰めて、笹のないひらけた森の雰囲気がなんとも言えず不思議な夕暮れの空気が漂っていた。ネズミの足跡があちこちにあり、それを追ってイイズナだろうか、尺取り虫のような足跡が付いていた。斜面を見上げると、茶色の塊を見つけ、明らかに生命感があり、スコープを覗くと頭が見えないものの鹿だった。日当たりの良い斜面で座って昼寝をしていたのだろう。静かに10mほど近づき、トドマツの葉の隙間から、狙いを定め、目と目があったときに大きな角が見えた。引き金を引いた。10mほど走ったところで倒れていた。彼には悪いことをしたけど、森の生き物たちにとっては、盛大な年越しになるだろう。命をいただき、またここに戻ってくることにした。

北海道のめりはりのある季節というのは、本当に面白いもので奇跡。すこし外にでて車を走らせれば、その世界に気付こうとすれば、まだまだ深さは広がっている。いろいろな準備や装備、経験、知識は必要だけど。こつこつやっていると、ときどき素晴らしいことやめったにみられないものに偶然出くわす。小さなことにもたくさん気づく。冬至をすぎた年の瀬も、日に日に夜が短くなれば、雪もあっという間に腐ってくる。風邪や病気もほどほどに、フィールドをみていたいものですね。あと2日です。皆様にとって良い年であり、新しい、いい年が迎えられますように!